文句なしの最高傑作本「白い巨塔」:偏差値75
絶対におもしろいです。おすすめです。ぜひ読んでください。
こんな最高の書を今まで読んでこなかった自分自身が恥ずかしくなるぐらい、おもしろい本です。
「抵抗感」がある人にアドバイス。
・文庫本で5巻あるが、字も大きく量も少ないので、すぐ読めるので、
「5巻もあるの?」と長さを心配する必要はまったくない。
・「どうせ病院の腐敗を描いた社会派小説なんて嫌だ」という方、
私も「社会派小説」だと思っていたが、こてこての社会派ではない。
むしろ「人間ドラマ」が描かれたおもしろい小説ですので、その辺もご安心あれ。
さてさてここから書評に入っていくが、ネタばれになるので要注意。
<1>
まず、上記にも書いたけど「こてこての」社会派小説ではなかった。
病院、医療業界の腐敗を描いたものかと思ったが、
それほどその点に注力を注がれてはいない。
もちろん、到底信じがたい医療業界の実態が明らかにされてはいるのだが、
むしろそんなどうしようもない腐敗業界の中で、
世渡りしていく「加害者」でありながら「被害者」である医師たちの姿、
特に主人公・財前の人生は、反発というより共感を覚える。
腐敗だらけの教授選、序列で凝り固まった封建的な医師集団、
さまざまな利害、利権が絡んだ人事、
患者そっちのけの、自分の名誉のための業界・・・
そんな信じられない腐敗医療業界を見事に描いているわけだけど、
そこで生きている医師たちも腐敗に加担している確信犯でありながら、
そうしなくてはまともにこの業界では生きていけない被害者であることに、強く憤りを覚えた。
主人公・財前が「44歳で教授、46歳で学術会議会員、
50歳で学士院賞、55歳で学士院会員、60歳で文化勲章」というのを目標に、
すべてのものを投げ打って生きている、その情けなさ。
医療業界が肩書きや名誉ばかりにいかに縛られているかを端的に物語っている。
そんな肩書きのために、姑息な策謀をはりめぐらし、
神経をすりへらし、上司にごまをすり、賄賂を渡し、体を壊して、挙句の果てに死んでしまう・・・。
そういうものが「価値」を持ってしまう医療業界そのもののシステム変革をしない限り、
医師もまた加害者であり被害者なんだよなと、財前の生き方を読むにつれ思う。
でももし僕はその業界にいたら、きっと財前のように生きていただろうと思う。
<2>誤診裁判
この本の中心的な物語となっているのが誤診裁判である。
最近の度重なる病院の不祥事と重ね合わせると興味深いものがあるが、
僕は正直、この本での「誤診」はちょっと次元が違う問題だと思う。
患者を間違えただとか、注射を取り違えたとか、
昨今起こっているような単純な信じられないミスの事件ではなく、
非常に高度な医療レベルの「誤診」を問題にしていて、
鑑定人となる医者の立場によっても判断がわかれることから、
これを患者遺族側の勝利にして、医者の敗訴にしてしまうのは明らかにおかしいと思うが、
まあ明らかにおかしい判断をするのも裁判所だよなと思うと、興味深い。
実は、著者は、医師側勝訴の第一審で物語を完結していたらしいのだが、
読者から「社会的影響を考えても、医師側勝訴の判決にしてほしくない」
といった要望が多かったらしく、2年後に続編を書き、
第二審を「患者側勝訴」にした物語を書いたというわけだ。
僕はてっきり、ひどい誤診を行った医者の腐敗を描いたものかと思い込んでいたのだが、
僕がこの本を読む限りは、この「誤診」問題は、
むしろ主人公の医師側に共感を覚え、患者側に共感を覚えることはなかった。
それはこの本が主人公・財前を軸にした「人間ドラマ」を描いていることが理由で、
もし「こてこての」社会派で、もっと明らかな誤診事件にでっちあげ、
それを暴き立てるような本を著者が意図したなら、
財前を主人公にせず、患者側についた「正義の見方」里見を主人公にしたであろう。
僕には財前が悪で里見が善には見えなかった。
里見は正確な診断をするために患者に何度も検査をする医者なのだが、
はっきりいって患者からいやがられているし、僕だって患者だったら嫌だろうな。
確かに理想論からすれば何度も何度も検査をした方がいいに決まっているが、
そんなに何度も病院にはいってはいられない日常生活の中で、
いつまでたっても検査ばかりではっきりした決断をせずにいる里見のような医者だって、
下手をすると訴えられる可能性だってある。
その点、ずばっと手術だといってくれる財前の方が、患者としてはありがたい場合が多い。
だから僕は終始この物語は財前を悪とする物語ではないし、
現実問題として自分が置かれた立場や状況をふまえて行動しない、
理想主義者の里見は、現実的にはあり得ない行動だなと思ってしまう。
だからこそ主人公、財前は、腐敗業界の中で自分もはいつくばって生きていく姿に、
時折、慢心や奢りがあったとしても、それは非常に人間らしく、共感できるんだよなと思う。
この物語でずっといやらしいなと思うのは、東教授の娘。
自分が妻がいる里見を好きになったという理由から、
裁判に協力するようになり、妊娠している元婦長を断られても何度もしつこく訪ねるあたり、
結果として元婦長が裁判に証人として出廷したが、あれもあり得ないなと思うし、
非常識にも熱心に押しかけるああいう娘こそ犯罪だよなと思うが、
確かにこういう不純な動機で裁判に協力してしまうやつもいるよな。
<3>
この物語を読んで思うんだけど、一人一人の医師の誤診や、1つ1つの病院の不祥事よりも、
根本的に日本の医療制度そのものがおかしいから、変なことになってしまうし、
また、医者という肩書きをありがたがる小市民がうようよいるから、
余計に医者を尊大にさせてしまうんだろうなと思う。
財前の妻も里見の妻も、夫の出世ばかりを気にし、世間体ばかり気にしているし、
金を使って医者に特別扱いしてもらおうとする会社社長やお偉いさんがいるし、
医者そのものに限らずその周囲が医者を尊大にさせている大きな要因なんだなとつくづく感じさせる。
政治家の腐敗でもそうだけど、やっぱり金をもらって腐敗政治家に投票しちゃう、
そういう小市民が政治家の腐敗を増大させているのと同じように、
「医者と結婚」じゃないけど、医者を特別階級とあがめたてまつって、
ちやほやする取り巻きが医療業界腐敗の大きな要因であることを忘れてはいけないなと思う。
とにかくこの小説は実におもしろかった。
ぜひ読んで欲しい。買って損はしない本だ。
不毛地帯:偏差値71
大変すばらしい!大変おもしろい!山崎豊子は外さない!
ほんと、すばらしいです。
文庫本で600ページ×4冊でしたが、寝る間も惜しんで一挙に読みました!
大きな柱が2つ。
まず第2次世界大戦でシベリア抑留になった日本人の話が前半。
こんな許せないことが戦争が終わったにもかかわらず平然と行われていて、
しかもそういう歴史的事実を学校では何も教えない。
政治権力が人々の人生を踏みにじる有様が切々と書かれている。
アメリカと並ぶおぞましい国の1つ、ロシアの許されざる実態が、
過去とはいえどここには書かれている。
ちょっとショックでした。
でも本当はこういう過去の歴史的過ちから人間は学び成長しないといけないのに、
アメリカもロシアもやっていることは今もたいして変わらないじゃないかと思うと、
このような良書があるにもかかわらず、進歩のない人間の愚かさに、得も言えぬ憤りを覚える。
こういう良書をもっともっとクローズアップすべきですよね。
そしてもう1つの柱が、11年シベリアに抑留していた元軍人が、
まったく違う商社に勤め、そこで活躍し、苦悩する話。
これも実におもしろいし、そしてまた政治、官僚、企業のおぞましさが、
徹底した取材に基づくリアリズムで描かれていることに驚嘆する。
ほんとすさまじい世界が、日本社会に巣食っているし、
目が離せないストーリー展開に連日、話の続きばかりが気になって、
全部読まないと気になっておちおちと眠ることもできないほど話に引き込まれる。
くだらん本がわんさかあるせいで書店に行けば埋もれてしまうだろうけど、
こういう良書、おもしろい本はどんどんアピールすべきだと思う。
とにかくおもしろいし、それが現実の日本社会に起こっていた事実に基づいて構成された、
ノンフィクション的小説だけに、ぜひ多くの人に読んでほしいと思う。
おもしろい本についてはみんなに読んでほしいので、
極力私の書評では本の具体的内容にふれないので、非常に抽象的で、
何いってるかわからん書評かもしれないけど、ほんとすばらしいです。
今年はいい本に出会えるなと感心しながらもその本はほとんど山崎豊子です。
「白い巨塔」「二つの祖国」「華麗なる一族」そして「不毛地帯」。
いろいろな人から勧められていたのですが、
なんせ分厚いし、なんせ暗い、重いイメージがあるので、
なかなか手をつけられなかったのですが、ほんといいです。
くだらん映画やドラマも多いけど、こういうのを映像化したらいいのにな。
最も書かれたのがもう20年以上も前になるから、多少時代のズレはあるかもしれないけど、
「白い巨塔」と同じように、何十年たっても、
ここに描かれていることは、多かれ少なかれ、今でも似たようなことが行われているのではないかと思う。
※べたぼめだけだけど、ちょっと気になった2点。
はじめ商社の話で「この先どうなるのだろう?」と期待していると、
すぐ長い長い長いシベリア回想録に入ってしまうので、
その辺の切り替えがちょっとうまくないなと思う。
もうちょっと話をうまく分けないと、シベリアの話で挫折してしまう読者がいそうな気がする。
もう1点は、最後の山場の石油という大商談。
他の商談については主人公自身のさまざまな読みや戦略が大きなウエイトをしめるので、
主人公に感情移入して読めるんだけど、どうも石油だけは、
一発勝負の山師的な感じがして、ちょっと感情移入しずらい部分はある。
ま、全体のすばらしさ、おもしろさからすれば些細なことだけど。
沈まぬ太陽(会長室編):偏差値68
520人を死亡させた大事故を引き起こしたにもかかわらず、
以前として安全運行のことより、利権を貪る腐敗体質がうずまく日航。
その体質を改めるべく、総理大臣の意向を受けた民間企業の社長が、
会長として就任することになり、大改革をふるう。
しかしあまりの杜撰な体質は、底無しの泥沼のようで、
調べれば調べるほどどうしようもなくなっていく。
政治家・官僚との癒着はすさまじいものがあり、官僚のごますりを得るために、
官僚の愛人宅を用意するため、客用の優待券を金に変え、ペーパーカンパニーをつくり、
出世を臨む各社員がよってたかって汚職の限りを尽くす。
そのみるも無残な腐敗構造が、実際にあったことで、しかも半官半民の特殊法人で行われていたことを考えると、
いわば税金を食いものにしているのと同じであり、520人を死亡させた反省も何もない。
政・官・財さらには広報部とマスコミが癒着し、自分らの有利になるような記事を書かせたりする。
ここまで日本社会が腐っているのかとまざまざみせつけられたことはない。
この話ははるか昔のことだが、いまだに同じようなことが行われていて、
特殊法人を民営化するのに断固として反対する族議員や、
公共事業の利権をむさぼる政治家・官僚・企業の実態をみるにつけ、
ほんと日本はどうしようもない腐敗に満ちた社会なのだということを、絶望的に思い知らされる。
ただ最後に社員の告発によって、その腐敗の一端が暴かれるものの、
それを突き詰めていくと、前総理大臣の金稼ぎにまで及んでしまうことを考えると、
捜査が進んだところで、いかようにも圧力をかけ、腐敗を闇に葬ってしまうことができることを考えると、
日本社会に正義はないのかとまたも絶望感を覚える。
最後に主人公が再びナイロビに突然左遷されるが、それを何の抵抗もせず、
会社を辞めることも、再び組合を組織することも、腐敗を告発することもなく、
それに従ってしまう主人公とその結末に如何ともしがたいものを覚える。
それが事実だったのかは知らないが、ここまでひどい腐敗構造ならば、
内部告発を大同団結してできるはずだと思ってしかたがない。
また総理の意を受けた会長も、利権をむさぼる社員を解雇させることなく、
自ら辞任してしまうのも、当初の心意気を考えれば、いくらなんでもその結末に納得がいかない。
せめて小説的にアレンジして、
この2人が腐敗しきった企業を変える端緒で終わって欲しかったという願いもあるが、
日本にはそんなことはできないほど、あらゆるところが病におかされ、
どうしようもない社会であることを、うちのめすようにその現実を知らせることが、
作者の意図ならば仕方あるまい。
この本を政治家・官僚・企業は読んで悔い改めるべきだと思う。
沈まぬ太陽(アフリカ編);偏差値67
これが事実をもとに書かれた作品であることに愕然とする。
時は1960年〜70年、日本の航空会社の利益優先主義による安全軽視。
それを訴えた組合委員長を不当配転で僻地に飛ばし、
会社の言うことを聞く人間をあからさまに優遇するという、信じられない実態が描かれている。
そういった腐敗しきった構造は、単に企業内の問題ではなく、半官半民という性格上、
政治家や天下り官僚から圧力がかかるという、いわば国家ぐるみの「犯罪」である。
現場の労働環境を軽視し、管理職や本社組は優遇され、無能な政治家コネ社員が幅を聞かせ、
天下り官僚がろくに働かず、自分の利益ばかりを考えている。
その結果が「魔の1972年」と言われた、日本航空の立て続けの墜落事故。
それは一パイロットのミスなのではなく、利益至上主義で苛烈な労働環境が生んだ、
いわば企業体質そのものから生まれたサビであった。
安全を再優先にすべき航空会社が、
自分の利益や保身ばかりの官僚・政治家・企業トップにより、骨抜きになっていた。
それを訴え続けた元組合委員長は、有無を言わさぬ流刑人事で、
カラチーテヘランーナイロビと10年にわたる海外僻地勤務(内規では2年が限度であった)を強いられ、
社員から不満の声を上げられるよう、強圧的経営を行っていた。
それも政府自らの圧力によって。
まったく日本という国がいかにどうしようもないかを決定的にうちのめされる本だ。
今からもう30年も前の話といえども、未だに利益優先・政治家や官僚の利権のために、
税金が無駄に使われ、かけるべきところにお金が回されていないがために、
とんでもない事件が起こる。
そういった構造はまったく変わっていない。
10年にわたる不当人事の経緯と、様々な場所で巻き起こる問題を描いているので、
物語としては非常におもしろく読みやすいが、
これが日本で起こった事実であることを思うと、情けなくて暗澹たる気持ちになる。
外から見ればわからないことだが、企業内、官庁内、政府内では信じられないことが行われている。
しかしそこにはおかしいと感じるまともな社員もいる。
そういった社員による内部告発をさせる環境を作り、告発した社員を生かし、
不正なことをやった人間を完全追放して、
健全な企業・健全な社会・健全な国家を作っていかなければならない。
日本というのはほんとどうしようもない国だな。
沈まぬ太陽(御巣鷹山編):偏差値62
起こるべくして起こった大惨事、日航ジャンボ機墜落事故520人の死亡。
事故のあまりの悲惨さ。
にもかかわらずそれに対してあまりに対応の悪い、企業・政府・官僚・・・。
遺族に徹底して取材をしているので、その悲惨さがもろに伝わってきて、
にもかかわらずどうしようもない対応しかできない日本国に対して、
そのあまりのギャップとそのリアリティによって、徹底的に打ちのめされてしまうので、
読むに読めないほど、憤りを通り越して、絶望感をつきつけられる書だ。
二つの祖国:偏差値65
今年はあまり本の冊数的には読んでいなくって、書評ランキングの更新頻度も下がってしまっている。
それは職業柄、資料としての流し読み的本が多かったせいもある。
しかし今年は、少ないながら本が当たりまくっている。
「プラハの春」「白い巨塔」そして「二つの祖国」。
くだらん小説を読み漁って数少ない「当たり」を探すより、
事実をもとにして書かれたノンフィクションにはずれはないなと思う。
文庫本で三巻あり、テーマも重いだけに、
なかなか買ってから本を読み始めることができなかった。
しかし、読み始めてしばらくたつと「おもしろくて」とまらなくなった。
「おもしろい」というのは非常にいろいろなことを考えさせられるという意味。
ほんと、山崎豊子はすごいと思うし、この本も実に素晴らしいと思う。
こんな時代だからこそぜひ読んでほしい一冊だ。
●考えされられる点 1:アメリカにも強制収容所があったという事実
中国・ハルピンで日本の七三一部隊のおぞましい人体実験施設跡を見て、
日本の第2次世界大戦時のあまりに尋常ならざる狂気を感じ、
また、ポーランド・アウシュビッツ収容所のあまりの広大さと殺伐さを見て、
ナチス・ドイツの尋常ならざる狂気を感じ、
第2次世界大戦における、日本、ドイツの他民族に対する、
異常な残虐行為のおぞましさを目の当たりにしたが、
そのファシズム諸国を敗戦に追いこんでくれた「世界の警察官」たるアメリカが、
アメリカ本土において、日系アメリカ人を人種差別し、
何の罪もない彼らを「敵性外国人」と決めつけ、
強制収容所にぶち込んでいた事実に衝撃を覚えた。
「自由」と「正義」を標榜する、移民国家アメリカが、所詮は白人優位の人種差別国家であり、
しかも日本やドイツほどひどくないにしろ、
有無を言わせず無実の日系アメリカ人を強制収容所にぶちこんだ事実は、ある意味、衝撃的だった。
アメリカでもこんなひどいことが行われていようとは・・・。
その実態を山崎豊子ならではの圧倒的な取材で実に詳細に、そしてドラマティックに描いている。
2:戦争の悲惨さ
ただこのアメリカにおける強制収容所を単にアメリカ一国家のせいにするのは短絡的に過ぎる。
このような事態になってしまった大きな要因は、やはり日本自身の戦争拡大政策だ。
日本が戦争をすることによって、単に日本にいる国民だけが不幸な目にあうだけでなく、
外国にいる日本人にまで不幸な目にあわせることになる、
その戦争の無限大に広がっていく放射線状的な不幸状況がよくわかる。
戦争の悲惨さが単に戦場の殺し合いだけにあるのではないということを、
雄弁に物語っている小説だ。
3:国の意味のなさ
タイトルの「二つの祖国」にあるように、日系アメリカ人という複雑な立場が描かれている。
日本からアメリカに移民した1世、アメリカで生まれアメリカ育ちの2世、
アメリカで生まれ日本で育ち、アメリカに帰ってきた2世、
アメリカの生活しか知らない3世など、それぞれの立場によって、
日本への想いもアメリカへの想いも実にさまざまだ。
でも結局のところ、どちらかに忠誠を近い、どちらかに銃口を向けることなどできない、
その心の葛藤と立場の葛藤が描かれていて、それを読むと、「国」の無意味さがわかってくる。
一国だけを自分の母国にし、それ以外の国は他国として愛着を持たないなんてことは、
ボーダレスになりつつある世界では意味をなさない。
日本とアメリカ、両方に愛着を持ったっていいわけだし、
そのような人生を歩んできた人はいっぱいいるわけだけど、
結局、すべて戦争のために、1つの国だけを選ばなければならないという悲惨。
それはアメリカの強制収容所において行われた「忠誠テスト」なる、
いわば、脅しの思想テストが端的に物語っている。
4:戦勝国の一方的な正義
そして戦争で恐ろしいのが、勝った側が負けた側を一方的に裁くシステム。
この本の下巻では東京裁判の状況が克明に描かれているが、
公平や正義などない、戦勝国のさまざまな利害や政治的駆け引きにより、裁判が行われてしまう。
所詮、戦争に、正義もへったくれもないんだということがわかる。
5:許されない原爆
そして原爆。
アメリカは広島と長崎に原爆を落としたが、それが極めて科学的実験からなされていた事実が描かれる。
被爆者を治療せず、データを取るための調査を行ったり、
米軍関係者でさえも、原爆問題にふれることはタブー視されるなど、
人類のあるまじき暴挙が戦勝国の勝手な論理によって行われ、
それを隠蔽し、科学的実験の成果にするというおぞましさ。
アメリカが落とした原爆とその後の対応は、
日本が犯した七三一部隊の細菌兵器の人体実験や、ナチスドイツのユダヤ人絶滅に並ぶ、
いやそれ以上の、もしかしたら人類最大の過ちだったのではないかと、これを読んで思った。
6:総括
これが単に過去の出来事として片付けられない。
この忌まわしい過去の教訓がまったく生かされていない、現実を想う。
アメリカによるイラク戦争。
第2次世界大戦のアメリカの愚とまったく同じことを繰り返しているのではないか。
確かに日本が悪かったように、イラクのフセインも悪かったのかもしれない。
しかし一方的に「言いがかり」をつけ、
国際世論を無視して、石油や軍事産業の儲けのために戦争をおこし、
無実のイラク国民を虐殺し、収容所をつくってあるまじき虐待の数々を重ね、
さらには放射性爆弾を落とし続けることによって、
イラクの地を放射汚染させ、白血病患者が急増したり、異型の赤ん坊が生まれたりしている事実。
アメリカの横暴はまったくとどまることをしらない。
●この本の改善点
1:東京裁判の記述が長い
非常にこの本は良かったのだが、下巻ははっきりいっておもしろくなかった。
上、中巻は一人の日系アメリカ人2世の人生を追うことにより、
そこから戦争の悲惨さを見事に描き出したノンフィクション的小説としてのおもしろさを備えていたが、
下巻の東京裁判の記述は、小説でもなんでもない、
ただ東京裁判の記録をずっとつなぎあわせただけの、平易な資料と化してしまっている。
主人公が東京裁判に関わっているのはわかるけど、小説なら小説らしく、
上、中巻のような主人公の目線を主体とした物語を描くべきであって、
そこからいくらでも東京裁判の不公平さや二世の苦悩は伝わってくるわけで、
現状のように、東京裁判の発言記録をだらだら載せるのは、
この小説の中に入れられることは逆効果だ。
もしこのようなことを書きたいなら、それは別の本で書くべきだと思う。
2:日本人戦犯に対する主人公の贔屓
これも東京裁判に関わることだが、主人公がだんだん疲れてきたのか、
前2巻での精彩がなくなってきて、公平・中立な彼が、
必要以上に日本人戦犯に肩入れしているように思えてならない記述がおかしい。
主人公はアメリカも日本もともに祖国であり、
どちらにも屈しない、生真面目なほどの公平さが魅力なわけだけど、
日本人の戦犯に対しては非常に甘いのではないかと思うと、
主人公のこれまで築き上げてきたキャラクターが台無しだ。
確かに東京裁判は戦勝国による不公平裁判であったかもしれないが、
かといって日本人戦犯の罪が軽くなるはずがない。
アジアにおけるあるまじき虐殺、殺戮の数々。
日本国民を悲惨な戦争に巻き込んでいった責任。
そういったことを考えれば、彼らが厳罰に処せられても、公平な観点からしてもおかしくないと思う。
にもかかわらず、主人公は戦犯に肩入れし過ぎかなという記述が見られ、
これまでの毅然とした主人公の態度とは違ってしまっている。
3:主人公の自殺
最後、主人公は東京裁判に疲れ、飲んだくれになり、精神異常の一歩手前ほどになり、
恋人の死もあって、精彩を欠く姿がだらだらと描かれ、
最後には自分で衝動的にピストル自殺をしてしまうんだけど、
これもちょっとあり得ないと思う。
弟と和解ができ、弟のところへ向う途中だったわけだし、まだ両親も子供もいる。
戦争が終わり、これから彼が日本とアメリカの懸け橋となるべき仕事が待っている。
確かに恋人の死や裁判での疲労はわかるけど、
でも主人公のキャラクターからいけば、苦しいけどこれからがいよいよがんばり時だと、
両国の懸け橋になるべく、再びアメリカでの新聞記者になるのが、
この本を読む限りの主人公のキャラクターから類推される結末ではなかったか。
もし最後に主人公を自殺させることで劇的な演出を期待していたとしたら、
私は作者の大きな見誤りだと思う。
もしモデルとした実在の人物がそのような結末を選んだとしたなら、
逆に完全なノンフィクションにすればいいわけだけど、
小説として再構成しているわけで、主人公のキャラクターや出来事もだいぶ変えてしまっているのだから、
最後の結末を自殺にする必然性はまったくない。
主人公が自殺させてしまうことで、ここまで書き上げてきた問題が、
すべてぱーになってしまうような気がする。
●総評
しかしほんとこれは素晴らしい本である。
ただ本で読むには幾分かったるい点があるので、こういうものこそ映画にすべきだと思う。
そんでもってこういう映画を学校の社会の授業とかで取り上げるべきだと思う。
中学校も高校もそうだけど、第2次世界大戦あたりは、受験対策授業に変わり、
すっとばされてしまう。
アメリカにも強制収容所があったこととかしっかり教えるべきだと思う。
華麗なる一族:偏差値67
私は基本的に、朝夕の通勤電車以外では本は読まない。
しかし先が読みたくて、いてもたってもいられなくなり、
この「華麗なる一族」は、家やらモスやらで猛烈に読み、
1冊500ページ以上の本が3冊のこの物語を一挙に読んでしまった。
そのぐらい、おもしろい。
その前の書評で山崎豊子の「二つの祖国」も絶賛したが、
テーマがなんせものすごいので、なかなか読みづらいとは思うけど、
この「華麗なる一族」は「白い巨塔」の金融界版ともいうべき本で、
でも「白い巨塔」より専門的な話は少なく、
政・官・財の恐ろしいまでの癒着と計略とおぞましさを垣間見れる、
非常に読みやすくておもしろい本だ。
ただそれだけに、「善悪」がはっきりしているので、「白い巨塔」のような奥深さはない。
すごく個人的に残念だったのは、
父の計略に息子が何らかの形で反逆したり、
もしくは父の没落ぶりまでしっかり描かれるかと思いきや、
息子は自殺してしまい、父は有頂天の成功を勝ち取り、
今後の暗い陰は忍び寄るんだけど、そこで終わってしまっているのは、
読者としてはやりきれないほどに、この日本社会の不浄を思い知らされるわけだが、
まあそれも1つの現実として、受け入れなければならないという、
冷徹な日本社会を見事に描ききった、「フィクション」といいつつ、
この上のないノンフィクションだと思う。
それと今、読むと、もう銀行は随分淘汰されてしまったので、
銀行合併というのが一昔前の流行に思えてしまうところが、
「白い巨塔」のような医療ミスのタイムリーさはないが、
それでもこの作品のなしえる力と、今もこれに似たような策謀が、
どこかで行われていても不思議ではないことは感じられる。
私を「酷評」だとか「毒舌」だとかいう愚かな輩がいるが、
このようにしっかりしたテーマ、しっかりしたリアリティ、しっかりした物語で、
かつ、それを読者の飽きさせず、読者に寝るのも忘れさせるぐらいおもしろい作品にぶち当たるたびに、
いかに私がつまらんものを読んだり観たりして、くだらん時間を潰されているかがわかる。
これは、ほんとおもしろいですよ。
私はおもしろいものにあたれば、素直に評価します。
ぜひ、おすすめしたい本です。
仮装集団 偏差値67
この人の本はほんとにおもしろい。
文句なくおもしろい。
眠たかろうが疲れていようが、先を読みたくて思わず読んでしまう。
すごいですよ。おすすめの本です。
「労働者のための音楽団体」をめぐる話なので、
時代的には今から読むと遠い過去の話ではあるが、
ここに書かれていることは日本社会の組織論として、
今でも通ずるものがあり、非常におもしろい。
おもしろいので本の具体的な内容には敢えてふれないけど、
「沈まず太陽」とか「白い巨塔」のように強烈な社会問題性を訴えるものではないけれど、
(書いた当初はそうではなかったのかもしれない)
日本社会の組織の中で翻弄され、また活躍する一介の人間ドラマとしては、
最高傑作のものでしょう。
文句なしのおすすめの本です。
大地の子
このところ山崎豊子でおもしろくてあたり続けているんだけど、
これはそんなにヒットはしなかった。
もちろん、たとえば村上春樹の最新作「アフターダーク」みたいな、
最近の駄作状況から考えれば、はるかにおもしろい作品だけど。
「二つの祖国」にある意味、非常に似ているのかな。
山崎豊子作品のその多くは、社会の不条理によって、
悲惨な境遇に置かれてしまった人々が多いんだけど、
この作品ははじめっからあまりに悲惨すぎて、なんだか読み進めることができなかった。
それに、他の作品と違って、中国というむちゃくちゃな国で、
日本孤児じゃ、確かにやむをえないよなとか思ってしまう部分もあるし。
あと、その主人公が、冤罪がはれ、国家プロジェクトに加わるんだけど、
その部分の記述にしても、物語の展開より、
徹底した取材力のために、あまりに専門的で細かいことまで書かれすぎているので、
退屈で読み飛ばすような読み方をしてしまわざるを得ない部分もあった。
物語の主題をなす父子、兄弟との対面のドラマティックな部分をもっと中心にすえ、
そういった細部は思い切って切り捨てて、
主題のみにそったテンポの早いストーリー展開で、読者をひきつけないと、
これではなかなか途中で挫折してしまう読者が多いのではないかなと思った。
ただこの作品を読み、あらためて戦争の悲惨さを知るとともに、
今でこそ中国は「開放」路線で脚光を浴びているけど、
実に陰惨な社会主義体制だったんだなということを示唆してくれた。
女系家族
偏差値62
さすが山崎豊子!ほんと、この人はどの本、読んでも外さない。
この本ももちろんおもしろい。
入り組んだ人間関係とそれぞれ絡み合う思惑を、見事に描いている。
最後もちょっと驚く仕掛けが隠されていていい。
ただ、伏線が多すぎるので、きっと最後はこうなるんだよなってのが、
容易に想像できてしまうのがちょっと残念。