春江一也・書評 By 書評ランキング

・プラハの春
最高の書です!
もう先が読みたくて仕方がなく、本を持っていないとそわそわしてしまうぐらい、実にすばらしい作品。
文句なしの最高偏差値75の評価です。
物語のおもしろさあり、歴史としてのおもしろさあり、
そして今後のさまざまな政治、社会を考えさせられる書としてもおもしろく、
ぜひみなさんに「すぐ」読んでほしい本です。
集英社文庫から出てます。

ちなみに上巻のはじめのプロローグはたった12ページといえどつまらないので、
ここでくれぐれも短気をおこして挫折しないように。

1968年、チェコスロバキアで起きた自由を求める民衆運動「プラハの春」が、
ソ連軍を中心とした共産主義国家に押しつぶされるまでの状況を、
日本大使館勤務だった外交官の著者の体験をもとに書いた作品。
非常に政治的な話だが、そこにうまいこと恋愛を織り込むことにより、
実に奥が深く、そして読みやすく、劇的な政治&恋愛ドラマとなっている。

本を読んで驚いたのは、旧共産主義諸国の政治のひどさ。
ここまでひどいとは思わなかった。
権力の集中による権力者のどうしようもない腐敗と、民衆の自由を制限する圧政。
権力内部にあっても密告や監視を恐れて誰も信用できない社会。
まるでナチスの生まれ変わりであるかのような、ファシズムの双生児といっていいコミュニズム。
その実態が赤裸々に書かれて、ここまで「東」側の国がひどかったことにショックを受けた。

それともう1つ。
ここではその腐敗した社会主義を「真」の社会主義再生をするために、
力を注ぐ人々が描かれることにより、
必ずしも社会主義=悪い体制ということではないことがわかる。
社会主義が腐敗したのは民主主義を放棄し、独裁共産主義になってしまったからだ。
政治的には自由民主主義で、経済的には社会主義といった体制をのぞんだのが、
既存社会主義勢力に反対した民衆の声であり、「プラハの春」などの政治運動だった。

そしてこの本の中では、そういった社会主義再生運動にかかわった人々のセリフや手紙という形で、
今の社会状況を予感させるようなことが書かれていることも、
単に過去の歴史物語ではなく、今読んでもまさしく同時代の問題として、
身に寄せて考えながら読むことができるのがすばらしい。
中でも、1989年に劇的に崩壊した東側諸国の体制と冷戦時代の崩壊、
しかしその「東」の敗北によって、西側の勝利、資本主義の勝利になるどころか、
アンチテーゼを失った西側・資本主義が、社会主義国の崩壊に伴い、
ともに没落していくことを示唆した次の文章(手紙)はすばらしい。

「歪曲された、まやかしの既成社会主義体制が崩壊することで(中略)、
資本主義はとどまることなく暴走し、本性をさらけ出すことでしょう。
競争と弱肉強食の独占論理が人間社会の隅々にまで行き渡り、
好むと好まざるとにかかわらず、人々を窒息させるのです。
社会主義の自滅のゆえに、資本主義そして経済帝国主義が野放しになるとき、
大資本による果てしない搾取と人心の荒廃、そして環境破壊が進行し、人類滅亡の危機が迫るでしょう。
人々が気づくときにはもう遅いのです」


これはまさしく僕が常日頃から、つぶやきかさこなどで現社会体制に疑問を投げ掛けている、
問題提起の根源をなすものと、まったく同じ指摘だ。
独裁共産主義を改革しようと考えた人々は、
単に独裁共産主義のまやかしを見抜いただけにとどまらず、
形は違えど同じ穴のむじなの欲望資本主義のまやかしをも直感していたのだ。

政治、社会、そして人々の生活と、平和、幸せ。
いろいろなことを考えさせる、日本最高傑作の書といってもいいぐらい。
「深夜特急」沢木耕太郎著以来の、超感動感激作品です。

ウイーンの冬
「プラハの春」がむちゃくちゃおもしろかった著者の最新作で、
「プラハの春」「ベルリンの秋」に続く欧州三部作の完結篇という宣伝文句だけど、
前2作を読んでいなくてもこの本単体で十分楽しめるし、
「プラハの春」とはまた違った「日本とテロ」という現代的なテーマなので、
これはこれで非常におもしろいと思います。

(ここからネタバレ注意)
どこまでが実話なのかは定かではないが、相当、ノンフィクション的要素が強いのではないか。
そう思えば思うほど、この本は衝撃であり、実に興味深い。
1990年、日本のカルト宗教集団が、日本で核爆弾テロを計画し、
そのためにウイーンを拠点に、北朝鮮やロシア、中東諸国などを相手に、
武器商人になっていたということだ。
とにかく、この本を読んでいるとものすごいリアリティがあって実におもしろいので、
まだハードカバーで出たばかりで文庫はないけど、
買って読む価値のある素晴らしい本である。

いうなれば昨年話題になった村上龍の「半島を出よ」なんかより、
百倍リアリティのある、日本にテロの起きる可能性を指摘した良書といえるだろう。

・上海クライシス
「プラハの春」がムチャクチャおもしろかった作家だが、
以後、それほどおもしろい作品が続かなかった。
それだけにこの新作は爽快な一作。
よくこれだけのものを書けたなと関心しながら、
実に興味深く読めた。

この作品に書かれたことが、
どれだけ今の中国政治の実態に近いかはわからないが、
現代中国政治のおそろしさを、複眼的な視点で、
見事に描いた作品。
単に中国内政だけでなく、国際情勢も絡めた展開もおもしろい。
きっとこの作品に書かれている似たようなことが、
実際の中国でも起きているに違いないと思わせる作品だ。

眠れる獅子、中国が2008年北京リンピックをめざし、
チベットの西部大開発をはじめ、
中国中が高度成長、大開発にわいているわけだけど、
その陰でさまざまな問題が蓄積されている。

中国投資ブームに沸いているわけど、
偽ディズニーランドがニュースになったように、
中国って実はあんまり中身がないんじゃないかって、
そんな危険性を見事に示唆しているといえる。

この作品が提示している政治のテーマは、
中国だけでなく、日本にもあてはまること。
国家、国民、民族、政治、外交・・・
そうした「大きな」次元の問題って、
一人一人の感情や行動の積み重ねで、
それが大きなうねりになったり、
大きな澱になったりするんだよなってことを、
考えさせられる作品。

ついでにぜひ「プラハの春」も読んでほしい。
ほんと、おもしろいんで。



カリナン
「プラハの春」「ベルリンの秋」「ウイーンの冬」とは違い、
残念ながら主人公が彼自身ではないので、イマイチ感情移入できない部分もあり、
前述の3作のように政治情勢が絡んだ恋物語ではないため、
イマイチ感はぬぐえないのだが、日本軍が残した過去の財宝をめぐる謎という、
1つのフックがあり、まあそこそこは楽しめる。
前半の前置きが間延びした感があり、中盤から結構おもしろくはなるが、
後半はあっけない感がある。