深海(96.6.24)
言わずと知れた超問題作的アルバム。
ミスチルという虚像が頂点に達し、
桜井君の心が内へ内へと向かったこのアルバムが、
ミスチルの中で一番売れてしまったということが、一つの皮肉な事実ではある。
そういう意味では世間に対してつきつけた桜井君の挑戦状的作品であったといえる。
しかし不思議なことに一曲一曲を聞いてみると、意外に暗くないし、内向きでもない。
にもかかわらず、このアルバムにした時の内なるパワーのすごさは驚異的だ。
深く沈み込んだ心。どん底・・・。
奈落の底に突き落とされるような、沈殿感。
でもここにミスチル最高の名曲、1996年シングル売上ナンバーワンの、
「名もなき詩」が入っていることも忘れてはならない。
●Dive
●シーラカンス
ある人は言う君は滅びたのだと ある人はいう根拠もなく生きてると
今までのミスチルとは全く違った、激しいロック調の出だしからはじまるこの曲は、
まさしく「深海」へのプロローグ的曲。
シーラカンスという深海に生きる生き物をいわば人間にたとえ、
海底を這うように生きている姿を、
「何の意味も何の価値もないさ」というその絶望のどん底。
セールス的に頂点を極めたミスチルに待っていたものは、
圧倒的な「虚しさ」だったのだ。
●手紙
今でも会いたくて寂しすぎて愚かな自分を恨みもするけど
少ない歌詞、タイトル通り、さっと手紙をかいたような恋文は、やはり過去の失恋の思い出。
シーラカンスの激しい曲調とはうってかわって、
実にスローなテンポで、ゆったりと歌う。
でもそれがかえって心の傷の深さを物語っているかのように思える。
●ありふれたLove Story〜男女問題はいつも面倒だ〜
大人を気取れど自我を捨てれない 辻褄合わせるように抱き合って眠る
恋をして同棲したものの、いつしか歯車がかみ合わなくなり、別れた・・・。
別れの歌であるけど、現代社会における男女問題のもつれは仕方がないんだと
宣言しているかのようで、悲壮感はなく、むしろそれを笑い飛ばしているような感じの曲。
この歌の詩も桜井君らしく実に面白い。
互いのプライバシーを尊重して若さのわりに優雅なマンションで同棲なんて、いかにも今っぽい。
でもそこにいつしかすれ違いが生まれ、その辻褄を合わせるように抱き合って眠るものの、
互いの心は離れていくばかり・・・
「愛は幻想」
そんな言葉が聞こえてきそうな歌だ。
●Mirror
鏡となり傍に立ちあなたを映し続けよう
「単純明快なLove Song」
シンプルなサウンドで優しく歌う桜井君。
深海にありながらこんな曲も含まれていることが不思議といえば不思議。
「碌でもなく」と「ロックでもなく」を掛け合わせた詩は、さすが元落研。
ささやかながら、傍らにいて力になってあげようとする優しい愛に満ちた歌だ。
●Making Song
●名もなき詩
愛はきっと奪うでも与えるでもなくて気が付けばそこにある物
名曲中の名曲。
殺伐した社会の中で、弱さやずるさを抱えながら懸命にもがいて生きている。
孤独や苛立ちや情調不安定になりながらも、
それでも自分の傍らにある「愛」っていうものを、
大切にして生きていこうという意志が表れている。
決して愛の賛美歌でもなく愛至上主義的でないからこそ、
非常に現実的に「愛」を見つめているからこそ、
人間関係が希薄化した今の世の中で、説得力のある愛の歌になっているのだろう。
●So let's get truth
隣に習えの教養植え付けられて顔色見て利口なふり
ミスチルが解散して桜井君がソロになったら、こんな曲を歌うのだろうな。
ギターとハーモニカだけ。
直接的な歌詞。まるでストリートライブを聞いているような臨場感。
シンプルで短いが、歌詞の世界は深く、それでいてリズミカルなサウンド。
こんな曲をもっと作って欲しいと思う。
●臨時ニュース
●マシンガンをぶっ放せ
愛せよ単調な生活を鏡に映ってる人物を憎めよ生まれきた悲劇を
社会派歌詞がちりばめられ、桜井の社会への怒りと憎しみと、
そして諦めの声が聞こえてくる。
抱えきれない社会へのフラストレーションをそのまま歌にした曲。
「そして僕にコンドームをくれ」という歌詞など、印象深い。
●ゆりかごのある丘
争いには勝ったけど大事なものをなくした
結婚という約束を頼りに戦場から生き延びて帰ってきたのに、
恋する君は「もう違う誰かの腕の中」
それは戦争に限らず、現代の「仕事」にあてはめてもいいかもしれない。
争いに勝っても大事なものを失ってしまっては意味はない。
その言葉はまさしく今の日本への提言でもあり、
桜井君自らに突き刺さる言葉でもあった。
彼は売れに売れ、そして大事なものを失ってしまったのだ。
その苦悩を様々な形でぶつけたのがこの「深海」なのだ。
●虜
優しさに飢えて見えるのは多分 卑屈な過去の反動
現代の狂気、倒錯した愛、屈折した心・・・病
性に、快楽へと溺れ、落ちていく自分。
それをわかっていながら罠にはまり、虜になっていく。
●花-Memento-Mori-
最大限の夢描くよ たとえ無謀だと他人が笑ってもいいや
悲しいながらも、一歩ずつ少しずつ生きて歩いていくしかないんだというような、
現代に生まれた若者の悩みみたいなものを歌い上げている。
それはまさしく桜井君の悲痛の叫びに他ならないのだけれど。
でもどこかにこの歌は希望が宿っている。
それはタイトルからしてもそうだが、
腐らずいつしか自分の「花」を咲かそうと桜井君が
自分自身に向かって言い聞かせているからだろう。
売れに売れているアーティストとは思えない詩世界。
●深海
今じゃ死にゆくことにさえ憧れるのさ
アルバムのエピローグ的歌。
ゆっくりしたテンポではじまるこの曲が、本当に底に沈みきってしまった世界観を表している。
最後に「連れってくれないか連れ戻してくれないか僕を」と悲痛に叫ぶ部分が、
深海に沈みもがき苦しんでいる状況を如実に表している。
しかし深い海へと沈んでいく。
セールス絶頂期が、桜井君にとってはどん底だったというパラドックス。